業界分析
学習塾業界の市場規模は9,364億円。事業所数は48,572である。学習塾の市場規模はゆとり教育時代に、親の学力低下への不安を背景に拡大してきたが、ゆとり教育が崩壊し少子化が進むと縮小に転じた。学習塾の売上は生徒人数に比例するため、人口が多く、受験競争が激しい都心部や、それぞれの地域に地盤を持つ塾や予備校間での競争はますます激化していくであろう。
株式会社矢野経済研究所の発表によると2018年度の教育産業全体の市場規模は、前年度比0.9%増の2兆6,794億円となった。その中で学習塾は教育関連市場での最大業界となっている。投資資金が潤沢にある大手学習塾は、幼児教育・英会話・情操教育・学童保育などに進出しており、今後需要の高まりが予想される在日外国人向け教育などにも拡大する動きが見られる。
学習塾の運営は、個別指導、集団指導のどちらを中心とするか、各社ごとにその特性は異なる。生徒個々人の水準に合った学習指導ニーズの高まりから、かつては集団指導を主流としていた大手企業も個別指導を積極的に取り入れる傾向が強まった。個別指導を行うには個別の教室と教師の数を増やす必要があるため、施設費用及び人件費増加がネックとなりやすい。そのため、講師をアルバイトで雇用することで人件費を変動費とするなど、費用削減への取組みが進んでいる。 学習塾では講師が極めて重要な経営リソースとなる。 有能かつ人気のある講師の存在が、生徒獲得にとって重要な条件となる。経験、能力、人気の面で有能な講師の獲得または育成し、その後のいかに定着させるかが学習塾の競争力を左右する。
学習塾の開業には、公的な認可が不要で参入障壁が低いため、自宅を教室として開業する地元密着型の個人塾が圧倒的に多い。主要都市に集中する大規模な学習塾とは対照的に、小規模な学習塾は人口密度の低い地方を中心としている。従業者4人以下の学習塾の事業所数は全体の約6割を占めていることから、分散した業界構造が窺える。一方、年間売上高においては、従業員4人以下の事業所のシェアは2割以下と低い。 また、従業員一人当たりの売上高は、小規模事業所よりも従業員10人以上100人未満の中規模以上の事業所で高くなる傾向にあり、集客力の高い大手系列校などが経営面でも有利となりやすい傾向にある。こうした背景の中、大規模な学習塾による小規模な学習塾の淘汰が進むことが予想される。
インターネットの普及により、子供の学習も通信教育からeラーニングへシフトしている。近年は、小・中学生対象の映像授業も増えている。たとえば、さなるの「@will」などがその代表例だ。映像授業は講師の人手不足と、都心部の立地不足という2つの課題を解決できるメリットがある。利用者側は、時間や場所を選ばずに学ぶことができる。また、年々増加傾向にある大学生のアルバイト講師のコストを抑える目的もあり、映像授業の導入が今後も加速していくと考えられる。 グローバル化に対応するための教育内容の変革も進んでいる。2016年3月31日、高等学校教育、大学入試、大学教育の一体的な改革に向けた「高大接続システム改革会議」の最終報告が提出された。内容は、国語、数学での記述式問題の導入や英語では、「話す」「書く」「聞く」「読む」の4技能を重視する方向など入試のありかたを見直すものである。さらに、2020年度には小学校の学習指導要領が改定され、プログラミング教育や英語が必修化される。今後こうした改革が大きく推進される中、学習塾業界においても、対応するための業態の変革が求められると考えられる。
M&A動向
大手学習塾では、顧客層や事業セグメントの拡大を狙った、提携、再編が相次いでいる。背景には少子化が進むことによる顧客減少の懸念がある。従来は、各社ごとのターゲットや業態に明確な違いがあったが、近年の提携、再編により、他社のターゲットやノウハウの獲得が進み、顧客層や事業領域を拡大している会社が増えている。また、デジタル教育が急速に一般化しており、さらなる再編が進む可能性もある。
2015年5月には通信教育の「Z会」を展開する増進会出版社(静岡県)が、学習塾「栄光ゼミナール」等を展開する栄光ホールディングス(東京都)を買収し100%子会社とすることを決議した。当取引により、z会の遠隔指導のノウハウと栄光の対面指導のノウハウを一体化させ、様々なニーズに適合した学習スタイルの提供を目指している。また2017年10月、城南進学研究社(神奈川県)は、進学会ホールディングス(北海道)と資本業務提携契約を締結することを決議した。これにより、個別指導部門における学習指導ノウハウの共有、学習塾部門における受験指導ノウハウの共有、教育コンテンツに関するノウハウの共有について協働による推進を進め、早期に成果を出すことを目指している。これらのM&Aは同業者間で行われ、異なる業態が協働することで得られる相乗効果に期待が寄せられている。 小さな個人塾などでも、生徒の確保のため同業種・関連業種間でM&Aを行い、経営の維持をめざすケースが多くなっている。
長期的な視点で少子化問題に対応するため、大人向け教育事業との統合を行う会社も出てきている。株式会社城南進学研究社は、2018年8月に株式会社アイベックの発行済株式のうち70%を取得して子会社化した。アイベックは、企業向けビジネス英語研修をはじめ、ビジネス英語やTOEIC講座などの英会話スクールの運営を行っている。個別指導塾や大学受験対策の予備校を運営している城南進学研究社は、もともと英語事業へと力を入れていたが、今回のM&Aにより社会人英語教育への本格的な進出を図る。また相乗効果により、幅広い年齢層をカバーする総合教育ソリューション企業としての成長を目指している。M&Aを行えば生徒のターゲット層を広げ、新たな教育事業を行うことも可能になる。
少子化や人口減少の影響で、塾講師の確保も難しい状態となっている。そこで安定して指導ができる講師を確保するため、M&Aを行う事例が増えてきている。M&Aを行えば、売り手と買い手相互で不足した人材を補い合うこともできるので、指導のクオリティを維持することも可能である。株式会社学研ホールディングスは、2017年11月、子会社の株式会社学研塾ホールディングスを通して、山梨県と静岡県で約30校の塾、予備校を展開する株式会社文理学院の株式を全て取得して子会社化した。学研ホールディングスはM&Aを通じて、甲信越、東海地域への進出を目指している。加えて文理学院がもつ高い生徒指導力、教員育成力に関するノウハウを共有できるとしている。また学研グループがもつリソースを生かし、文理学院の新たな売り上げの創出が見込めるとしており、双方にとってメリットがあるといえる。
縮小する市場を見越した異業種型のM&Aも見受けられる。主な例は2018年3月に発表された、市進ホールディングス(千葉県)による旅行代理店のパス・トラベル(東京都)の子会社化である。これにより、市進ホールディングスグループの各学習塾が行う勉強合宿や英語学習キャンプなどを自社内で企画、手配することが可能になる。またインド、香港、北京などに拡大している海外事業や、国内の日本語学校事業とも相乗効果が見込めるとしている。
企業価値の目安
上場21社のEV/EBITDA倍率の平均は11.97倍、構成比では8~10倍と20倍~が全体の40%を占めている。 学習塾・予備校業界では、人件費、施設費、広告宣伝費などの固定費が費用に占める割合が比較的大きく損益分岐点が高い。そのため、稼働率が下がると赤字になりやすいというリスクがある。稼働率は、生徒の長期休暇時期に高くなる。長期休暇中は集中的に通塾する生徒が多いため、最も利益が出やすい。一方、平時は、生徒が学校を終えてからの通塾となるため、稼働率が低下する。したがって、本業界の事業者にとっては、平時の稼働率の維持が最大の課題となる。また、中小規模の学習塾・予備校では、アルバイト講師のサービス残業が問題視されており、買収後のトラブルを避けるために労働環境にも目を配っておく必要がある。