業界分析
新型コロナウイルス感染症に伴う緊急事態宣言により、景気動向に影響を受けやすい飲食業界は厳しい局面に立たされている。飲食店全体として、2020年3月より売上高の減少が始まり、4月の売上高は前年同月比の約60%となっている。
最も低くなったのはパブレストランや居酒屋で、前年同月比は約10%にまで落ち込んだ。5月、6月ではやや回復はしているものの、4月と同様に前年同月比では大幅なマイナスとなっている。お酒の提供が比較的多くなるパブレストランや居酒屋、ディナーレストランの落ち込みが顕著であることに対して、お酒の提供が少なくコロナ以前よりテイクアウトが定着していたファーストフードでは落ち込みは限定的となった。ファーストフード以外でも、今後テイクアウトの拡充や、客数の回復等によりある程度の売上高回復は見込めるであろう。
テイクアウト需要の拡大により、従前よりむしろ売上高が拡大する飲食店も少なからずあるかもしれない。ただ、居酒屋やパブなどお酒を提供する飲食店にとっての利益の柱は飲み物代であるため、テイクアウトである程度売上高を獲得できたとしても、利益面ではやはり減少となる。新しい形でのサービスの提供等、飲食店の今後のビジネスを今一度見直す必要があると考えられる。
また、少子高齢化による人口の減少・景気の低迷・消費税増税等の影響を受け、消費者の外食する機会が減り、年々市場規模は縮小傾向にある。ターゲットとなる顧客は、近隣の商圏内に住んでいる人が中心となるため、単店舗の業績は、その立地条件(商圏)に影響を受ける傾向にある。地域性が高く、いかに近隣の顧客のニーズに応えるかが重要となり、店舗の業態と商圏の相性により、単店舗の業績は大きく変わる。
さらに、人手不足は業界全体が抱える深刻な問題である。パート・アルバイト比率が高いため、人材が流動的である。業界の労務問題が表面化したことや、少子高齢化に伴い、若いアルバイトの確保が難しくなっている。パートの正社員への登用により、離職率の改善に取り組む場合もある。タッチパネル式注文システムをはじめとした、ITによる課題解決はここ数年でかなり浸透したものの、社会構造的な観点で見ると抜本的な解決策とはいえない。企業は従業員の賃金上昇・教育制度・福利厚生制度等に力を入れることにより、働きがいと働きやすい環境を整える取り組みを行っている。国は、外国人労働者の受け入れ拡大を解決策として推進しているが、サービスや質を売りとする業態では、外国人登用に慎重な企業も多い。一方、ファストフードなど、安さと早さを売りにする業態は外国人労働者をスムーズに受け入れており、今後の成長を後押しする施策になると期待されている。
近年のトレンドとして挙げられるのは、セントラルキッチンの導入である。 チェーン事業を拡大する際のコスト削減に有効とされている。現場調理の場合、店ごとに味が異なったり、多くの人員や投資が必要であったり、無駄なコストが発生するが、セントラルキッチンを導入することで、現場の調理が簡素になり、人員カットなどのメリットが生まれる。また、味付けなど重要な調理工程を集約することで、各店舗で料理の味が異なる問題を回避できる。
M&A動向
新型コロナウイルスの感染拡大前は、飲食を主軸としない会社の飲食店買収が目立った。 業界への参入障壁が低く、インバウンドの好景気で集客にも期待できたためだ。 低金利で金融機関から資金を借りやすかったことも、M&Aが活発になった背景にあるといえる。
感染拡大後、こうした企業が飲食事業を切り離す動きが加速した。譲渡先が経営者となるMBO(経営陣買収)が多く見られるのも特徴的だ。今後、難易度が高まる飲食店経営は、高い専門性が要求される。商社や不動産、IT企業などがノンコアとして持っていた飲食事業のM&Aが、加速すると予想される。その受け皿が、長く飲食経営に関わってきた会社や経営者となりそうだ。
「業務スーパー」を運営する神戸物産は外食子会社クックイノベンチャー(名古屋市)を2013年に連結子会社化。「焼肉屋さかい」「平禄寿司」などのジー・テイストを擁するジー・コミュニケーション(名古屋市)を傘下に収めていたが、2020年6月30日にクックイノベンチャーと代表の杉本英雄氏に全株式を譲渡した。神戸物産は、新型コロナウイルスが深刻な影響を与える直前の4月1日から外食子会社11社を連結対象から除外し、損失を極限まで抑えることに成功した。MBOをしたことで、小回りを利かせた退店、業態転換が可能になり、両者にメリットのあるM&A事例といえる。
鍋の取り寄せ専門店『TAKUNABE』を運営するアミュゼホールディングスが、バーベキューレストラン『BBQ PARADISE M2』事業を2020年8月1日に売却した。譲渡先は福島県、宮城県を中心に焼肉・ホルモン店を展開しているブランシェ・エムズ。ブランシェ・エムズは同業態の店舗を買収したことで、食材や物流網、人材を有効活用できる。
企業価値の目安
上場企業のEV/EBITDA倍率の平均は17.0倍となっている。 大手外食のチェーン展開の場合、店舗の不動産は賃貸しているケースが多く、減価償却費*1等が抑えられるため、倍率は大きくなりやすい傾向にある。 外食業界は、規模の優位性が効くため事業買収の効果が生まれやすい。だが、M&Aの際に注意しなければならないポイントもある。人手不足のリスクや労働環境改善のためのコストがかかる可能性がある。また、店舗オペレーションのマニュアル化状況もチェックしておくとよい。さらに、飲食店経営は仕入れがブランド力を形成している可能性もあるため、会社を引き継いだ後も継続して仕入れられるような環境を整えることが重要である。
*1減価償却費 金額の高い電化製品や機械設備・内装設備などの購入代金を、購入した年にまとめて経費として計上するのではなく、分割して1年ずつ計上することをいう。